フォン・ノイマン 20世紀最大の科学者 万能の天才

フォン・ノイマン 多岐にわたる業績で偉大な業績を遺す科学者・数学者

フォン・ノイマンは1903年12月の28日にハンガリー(当時はオーストリア=ハンガリー帝国)の首都ブタペストで生まれました。

若い頃は数学の基礎づけに取り組み、その後、量子力学や経済学の数学的基礎に情熱を注ぎました。最後は、核兵器の開発やディジタルコンピューターの基礎理論の研究に従事し、1957年2月8日にワシントンで亡くなりました。53歳という短い人生でした。

フォン・ノイマンの偉大さは、その活動範囲の広さにあります。数学だけでなく、物理学や経済学、そしてコンピューターサイエンスにまで足を伸ばしました。

古代ギリシャのアリストテレスや、ルネッサンス時代のレオナルド・ダ・ヴィンチやポスト・ルネッサンス期のデカルトならわかります。まだ、学問が細分化されていませんでした。ところが、フォン・ノイマンは20世紀の人物です。この時代に、これだけ多岐にわたる研究成果を遺した数学者・科学者は他にはいないでしょう。

ノイマン型コンピュータという言葉があります。ディジタルコンピュータの仕組みのことです。このノイマン型コンピューターは、いまなおコンピュータのベースになっています。そのため、フォン・ノイマンという名前を直接聞いたことがなくとも、ノイマン型コンピュータというフレーズなら耳にしたことがある人も多いでしょう。実際、子供のときからパソコンに触れていた私が、「ノイマン」という言葉を知ったのは中学生でした。

ノイマンは大学時代から、その異彩を放っています。

大学時代のノイマン 化学科と同時に他の大学の数学科に

まずベルリン大学の化学科に入学しました。父親が勧めたことがきっかけだと言われています。応用化学というのは、職を得るためには現実的な選択肢でした。天才であるがゆえに、何にでも取り組めたのです。

それだけではありません。地元のブタペスト大学の数学科にも入学しました。2つの科目を専攻できるほどの才能でした。翌年には、チューリッヒにあるスイス連邦工科大学に編入学します。

チューリッヒ工科大学というと、こちらも20世紀最大の物理学者アインシュタインが入学したことで有名です。しかしアインシュタインは、特殊相対性理論の論文を執筆するまでは、日陰の生活を送っていました。チューリッヒ工科大学にも、すぐに入学できませんでした。成績抜群ではなかったのです。

他方、ノイマンはずっとエリート街道を進んでいました。応用化学の学士と数学の博士号を両方の大学で取得後、ゲッチンゲンの大学に迎え入れられます。

当時のゲッチンゲン大学は、数学の基礎づけが盛んに行われていました。

ノイマンもまた、数学を誤りのない学問として体系づけに夢中になりました。ところが、ゲーデルが不完全性定理を発表しました。かいつまんで言うと、「数学は必然的に不完全である」というものです。ヒルベルトやノイマンの野望はここに潰えてしまったのです。

ただ、ノイマンが偉大なのは、数学の基礎づけのという研究が潰えてしまっても、別の研究へと立ち向かって行けるほどの柔軟性と才能がありました。あっさりと、数学的基礎づけの研究から足を洗うのです。

量子力学の論争に終止符を打ったノイマン

量子力学は、理論が生まれてからそれほど長い月日は経っていませんでした。この当時、シュレディンガーの量子波を方程式で記述する立場と、ハイゼンベルクの行列を使って量子の状態を記述する立場とのあいだでは、対立がありました。どちらの記述が正しいのか?

「どちらも正しい」。これがノイマンの答えでした。2つの記述は等価であることを数学的に証明したのでした。それもたった2年で!数学の素養があったゆえに可能だったのです。

物理学だけではありません。経済学の分野でも、数学的な基礎づけに着手します。モルゲンシュタインとの共著である「ゲーム理論と経済行動」が代表作です。

最初、経済学者はノイマンの仕事をまったく評価していませんでした。しかし時が経つにつれ、その重要性に気づきました。フォン・ノイマンは、経済学で研究されていることを、数学の言語を使って明晰に記述してみせたのでした。

核兵器開発やコンピューターは、ノイマンにとって晩年の活躍に入ります。この頃は、アメリカのプリンストン研究所で教授職を与えられていました。

ちょうどドイツからアメリカに大量の科学者が移り住んだ時期です。当時アメリカは核兵器開発に邁進していました。ところが放射能の影響でしょうか。ガンで亡くなってしまいます。早すぎる人生でした。

全ての科学に影響を与え続けるノイマン

ノイマンの影響は、凄まじいものがあります。

今でこそ、彼の原典を読むようなことはしません。余りにも読みにくいというのが原因です。より理解しやすいテキストがたくさんあります。この辺が哲学などの分野とは違うのでしょうが、それらのテキストの元になっているのが、ノイマンの研究です。

数学だけでなく、物理学や経済学、コンピューター・サイエンスにまで及ぶのだから、驚きとしか言いようがありません。

参考文献を見れば、彼の著書が必ず出てきます。直接彼の業績を意識しなくとも、ノイマンの呪縛から離れられません。その評価は言わずもがなといったところでしょう。

フォン・ノイマンは教授職にありながら、学生を指導する立場にありませんでした。そのため、直接的な弟子はいません。

そのため、後世に影響を与えたのかというとやや疑問が残ります。数学の言語で明晰に語るノイマンよりも、斬新なアイディアを提示した科学者のほうが目立つのです。

物理学者のアインシュタインやハイゼンベルク、数学者のヒルベルトやゲーデル、経済学ならケインズ、コンピューターサイエンスならチューリングといったひとたちです。

むろん、ノイマンの業績を考えると、影響を受けていない数学者・物理学者・経済学者・情報科学者なんていません。

20世紀最大の科学者であるにもかかわらず、なぜか地味な存在に映ってしまう。そう思ってしまうかもしれません。

科学者にも2パターンあるのでしょう。アインシュタインのように、これまで考えられたことのないようなアイディアを出す科学者。そして、フォン・ノイマンのように既存のアイディアを明晰な言語で再構成する科学者。

ノイマンが前者のタイプではないからといって、彼の業績が損なわれることは決してありません。一般には非常に捉えにくい才能だからこそ、彼を知る研究者が、彼がいかに凄い科学者・数学者であったのかを伝える義務があるように思います。

最後に、フォン・ノイマンが遺した言葉を紹介して終わりにします。

「自分の次に計算の早い機械ができた」

ディジタルコンピューターが完成し、発した言葉です。フォン・ノイマンは暗算や暗記の天才でもありました。