ガートルード・エリオン 人類VSウイルスの歴史を変えた女性薬理学者

ガートルード・エリオンはノーベル生理学・医学賞を受賞した偉大な女性研究者です。研究者の業績を語る上で、“女性”研究者という性別を強調する言葉は本来なら不要なものでしょう。

しかし、事実、ノーベル賞受賞者における女性受賞者の割合は1割に満たないという現状を鑑みると、ガートルード・エリオンという“女性”研究者の業績として語る必要があるのです。

新しい世紀のニューヨークで

ガートルード・エリオンは第一次世界大戦中の1918年1月23日ニューヨークに誕生しました。エリオン家はヨーロッパから移民したユダヤ人の家系で、女性が教育を受けることにも当時としては寛容な環境で育ちました。

1937年にニューヨーク市立大学ハンター校(Hunter College of The City University of New York)を卒業しますが、彼女の人生を語る上でこのハンターカレッジは大きな意味を持っています。

ハンターカレッジからはガートルードのほかにもう一人ノーベル賞受賞者を輩出していますが、ガートルードより3歳年下のロサリン・ヤローもまた数少ない女性受賞者のひとりなのです。

現在でもマンハッタンにあるハンターカレッジは、女子学生のための師範学校として創立されました。ハンターカレッジは現在では共学ですが、女子教育の伝統を堅持し、75%は女子学生が占めています。

「女性に学問は要らない」という考えが強い時代に、女子教育の旗を掲げたカレッジで学んだ女子学生たちは、全米中に散らばり教鞭をとるようになります。その後、女性であるが故の困難と闘いながら研究を続けたガートルードにとっても、ハンターカレッジでの日々が礎となったことは間違いありません。

ハンターカレッジを卒業したガードルードは、ニューヨーク大学(New York University)に進み、修士号を取得します。そこで突き当たったのは、女性であるがゆえの分厚い壁でした。

壁を打ち破るガードルードの不屈の情熱

さらに博士課程に進み、研究を続けたいと願ったガードルードでしたが、女性であるという理由で許可されませんでした。20世紀も半ば近くになった当時のアメリカでさえ、十分な能力があろうとも、当然のように女性は排除されていました。

研究の道を阻まれたガードルードは、高校教師として働くことになります。

3年後、ウェルカム研究所(Wellcome Research Laboratories)の研究者だったジョージ・ヒッチングスに請われて、彼の助手として現在のグラクソ・スミスクラインの研究者となります。

彼らは研究としてはそれぞれが1人で行うことが多かったようですが、ガードルードとジョージ・ヒッチングスのチームは、素晴らしい成果をあげていきます。

白血病治療薬(6-メルカプトプリン)、痛風治療薬(アロプリノール)、マラリア治療薬(ピリメタミン)、細菌感染治療薬(トリメトプリム)、ヘルペス治療薬(アシクロビル)、T細胞白血病治療薬(ネララビン)、後天性免疫不全症候群治療薬(アジドチミジン)などの新薬を開発しました。

その後ガードルードは一度は研究生活から引退しますが、アジドチミジンの開発のために研究生活を再開します。白血病治療薬、痛風治療薬、マラリア治療薬、ヘルペス治療薬と、彼女の研究成果がどれほど人類に貢献したかがうかがえるでしょう。ガードルードは後世に残る八種類もの新薬を開発したのです。

訪れたノーベル生理学・医学賞の栄光

ストックホルムからの知らせは1988年に届きます。

ガードルードは、ジョージ・ヒッチングスとジェームス・ブラックと共にノーベル生理学・医学賞を受賞します。1991年にはアメリカ国家科学賞(Presidential Medal of Science)も授与されますが、大統領よりメダルを授与されたことは、ハンターカレッジへの栄誉でありました。

称賛は続きます。同じ年にガードルードは女性として初めて全米発明家殿堂(National Inventors Hall of Fame)入りを果たします。

ガートルードが変えた

それまでの抗ウイルス薬は、ウイルスだけでなく、人間の細胞にも強い影響を与えるものでしたが、ガードルードは、正常な人間の細胞と病原体の違いを利用し、人間の細胞を傷つけることなく、ターゲットの病原体に届く新薬を開発に成功します。

ウイルスに対する抵抗策はワクチンしかなかったところに、ガートルードの研究は画期的なものでした。ウイルスに対する治療薬だけでなく、白血病や後天性免疫不全症候群などの治療薬も、ガードルードの研究の成果が活かされています。

ガートルードは、その後の生理学・薬理学の研究の方向性をも変える研究成果を残したのです。

先駆者としてのガートルード・エリオン

ガートルードは、1999年に81歳でその生涯を閉じました。生涯独身で子供もいませんでした。晩年まで研究を続けましたが、博士号も取得しないままでした。物理学・生理学などの分野でノーベル賞を受賞した研究者で、「博士」でない人はほとんどいません。

彼女の生涯は、病気で苦しむ人を救うための研究に捧げられたものと言えるでしょう。女性研究者の先駆者として、彼女が切り開いた道を歩く女性研究者たちにとって、彼女は輝く灯台です。

ガートルード自身は名誉を求めませんでしたが、ノーベル賞をはじめとする多くの栄誉が与えられています。それは彼女の真摯な人生に捧げられた人類からの感謝の花束なのです。